
text by Yu Miyakoshi
火山岩に覆われ藍を帯びた地表に、一人の人間が白煙に巻かれて立っている。
その人間は、どこか遠くの星か、荒涼とした無生物の世界を踏査している冒険者のように見える。
その写真に出会ったのは、恵比寿の G/P gallery で開催された細倉真弓さんの初個展だった。
今年に入り、ひときわ国内外で注目を集める細倉さんの写真の魅力の一つは、対象となる時代の不透明さだ。
それは、見る人を日常を隔てた世界へ引っ張るような、不思議な引力が働き、レンズが対象に迫り親密さを感じさせる一方で、写真を仕上げる醒めた色には、その親密さからズームアウトしていくような作用をもたらす。

ごく最近、銀河系の仲間である火星や金星、タイタンといった地球型の惑星や衛星にも火山活動があったという話を聞いた。
とはいうものの、私達の仲間である生物の確認は地球だけだと言う。
唯一生物が確認される地球。
そこに、宇宙対人間、 自然対人間の特別な関係を感じてしまうと言ったら、感情論に過ぎないと言われてしまうだろうか。
少なくとも、生命の誕生が単なる化学変化の結果だけとは思えないのだ。
その証明を確認するかのように、私は、探検家や音楽家や、芸術家たちが試みてきた自然や天体との対話の記録を探求する。
今年、大地の奥底からの発生する叫びのような震動を何度も感じた。
これほど巨大な自然の力を感じたことはない。
その地球の核――引力を有し私たちを宇宙の軌道に乗せて運ぶ核――から湧き出すマグマが表出するのが火山だ。

細倉さんは、現在から1年以上前に火山に赴き、撮影をしていた。
その後、活発になるプレートに密接な関わりがある火山帯に、細倉さんが惹かれていたのは偶然だろうか。
聞くと細倉さんは、火山に生き物のようなイメージを重ねていると教えてくれたが、
同時に、火山は無機的で死んでいるものというイメージも喚起させる。
ヌードや鉱物、岩肌や植物といったモチーフから成る「KAZAN」シリー ズの中にあって、火山はヌードと鉱物の橋渡しをしてくれるような、生と死が同時に存在しているようなモチーフだということだった。

世の中にはさまざまな引力が無数に存在していて、それぞれのベクトルが引き合い、出会いという現象を呼び起こす。
細倉さんが出会い、照準を絞る対象は粗野で裸なものだけだ。
そこに写された世界では、日常という表層を穿ち、本質の部分が露にされている。
だからこそ、被写体となる人物たちは潔く目に飛び込む。
ありのままを曝け出すことを恐れず、カメラに向き合う。
その率直な関係を見ていると、ありのままであることが自然で、むしろ服を着て建前で生きている自分の方が恥ずかしいような気がする。
ところが細倉さんは被写体を、パーソナリティを有した人間というよりも「物」のように撮っているという。
写真家はファインダーを通して、鉱物も植物も人間も、同じ視線で見ていた。
その達観した構図の中には、自意識や逡巡といったものが最初から存在していない。

アートビートパブリッシャーズより出版される写真集『KAZAN』を手繰ると、モデルの眼差しや自然の姿が、一種の写真小説のように語りかけてくる。
ページを繰る度に、ぎりぎりのところまで被写体との距離が近付き、緊張感が高まる。
視線を通して接触しながら、写真家はモデルに手を触れない。
その写真という行為から生まれる官能としての至福が、身体の中を通り抜けていく。

今回の展覧会の中で一番新しいモノクロ・シリーズは、1850年代に広く普及したティンタイプ写真というものに近い技法で撮られている。
その手法は、フィルムの代わりに黒く塗ったアルミニウムを用いて撮影すると、露光した金属板に反転したポジ画像が得られるというもの。
黒い背景の中に浮かび上がってきた人物の像を確かめるにつれ、これは懐かしいものへの懐古ではなく、よりプリミティブでダイレクトな、ブラックボックスを挟まない行為に近づこうとする試みだと思った。残念ながらこのシリーズは、現時点ではギャラリーでしか見ることが出来ないので、機会があればぜひ会期中に足を運んでみて欲しい。
作品を見た後、折良く在廊していた細倉さんと話す機会に恵まれた。
細倉さんは想像を裏切らず正直でフランクで、地に足を着けて存在する人であったことにふと安堵を憶える。
宇宙の果てまで旅したら、思いがけず懐かしい誰かに遭遇したように。
かくして私は、写真を巡る旅から、人の語り合う場に着陸した。
私たちは旅に出たり、懐かしい家に戻って休んだりを繰り返す。
冒険心を失わないことも、ちゃんと休息し充電することも大切だ。

人はなぜ旅するのか、宇宙へ行きたいと思うのか、森の奥へ行こうとするのか。
その旅の行き先は、未知なのか、魂の帰途する場所なのか。
「KAZAN」を見ているうち、旅立ちへと背中を押されているような気持ちになってきた。
ちょうど、そろそろ旅に出たいと思っていたせいかもしれない。
新参の旅人なりに、まだ行ったことのない場所を歩いてみたい。
私にも自分の足で一歩一歩世界に踏み込んでいくような、冒険者のやり方ができるだろうか。
生態系というシステムが実にうまくできていて、私たちにとって都合がいいのは、動物が環境に順応してきたからかもしれない。
でも、生命の誕生が単なる好条件の重なった偶然ではなく、何かしらの意味があるとしたら?
宇宙や自然と、何かしらの対話ができるとしたら?
何はともあれ、たくさんの疑問の答えに行きつけなくても、今のプロセスに手応えがあればいい、ということにしよう。
私を触発し未来を予感させるのはいつも、順応するだけではなく、道を開かんとする意志をたずさえた冒険者たちだ。
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細倉真弓写真展「KAZAN」
2011年12月2日(金) – 1月15日(日) 12:00 – 20:00 月曜日定休
*冬期休廊:12月26日(月) -1月6日(金)まで
細倉真弓
1979 年京都生まれ。立命館大学文学部、及び日本大学芸術学部写真学科卒業後、第 23 回及び第 25 回ひとつぼ展に入選。主なグループ展に「SECRET PHANTOM」(2007 年 /magic room?/ 東京 )、「THE EXPOSED#3.5」( 2009 年 / ARTZONE/ 京都 )「THE EXPOSED#4」(2009 年 /CASO/ 大阪 )
「YOKOHAMA PHOTO FESTIVAL」(2010 年 / 横浜 )「Mizu no Oto – Sound of Water」(FOTOGRAFIA, Festival Internazionale di Roma/ ローマ /2011)、「Talent2011」(Foam Amsterdam/ アムステルダム /2011)。2012 年には、ロンドンでの写真集出版プロジェクトへ参加が決定している。
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