text by arata sasaki
Photo by goshi uhira
最近とても不思議な体験をした。
仕事が遅くなり、スタジオに残っていたのは僕も含めて二人だけになっていた。
そろそろ帰宅しようと外を眺めると、雨がざあざあと降り始める。
スタジオには、傘が一本しかなく、二人で譲り合って濡れるのは僕一人で十分だと、どちらも傘を持って帰ろうとしない。
二人とも、濡れない解決策として、一人が近くのコンビニで、もう一本傘を買ってくるという事になった。
僕がその役を買って、コンビニに向かい、傘を購入して外へ出ると、どうだろうか。
雨がすっかりあがっていたのだ。
何とも、喜劇の主人公のように笑いが込み上げ来たが、同時に、何とも幸せな高揚とした気分となった。
“人生の楽しみ方は、きっとこんな些細な事なんだよって言われているような気がして”
利己的に一人だけ濡れないように傘を持って帰っていたら、大雨に遭ったかもしれない。
全く論理的ではないけれど、そんな気がする。
人生を楽しむには、とてもセンスがいる事なんだと。
そんなちょっとした奇跡は至る所にあって、僕らをじっと待っている。
幸福がやってこないと言うけれど、僕らはそんなストーリーさえ組み立てようとしていないんじゃないかと思う。
僕らの周りを注意深く観察すると、微かな奇跡が眠っているモノ、場所があるのだ。
リムアートは恵比寿駅から歩いて数分の場所にある。
少し勾配のある坂道を昇って、人気が少ない小道にひっそりと佇んでいる。
外観から既に独特な匂いが香り立つこの建物は、気品のような雰囲気を放っている。
そして、扉を開けるまで、この場所がファッションブテッィクなのか、インテリアショップなのか、はたまたギャラリーであるのか解らない。
夫々の持つ独特の空気感を融合したような印象を与えるからだ。
その理由は、リムアートの運営者 中島佑介さん、廣田佐知子さんから聞くことにしよう。
『元々、アパレルショップを運営したくて、大学時代に夜間でパターンの勉強をしていたのです。
それから、洋服販売は一度保留したのですが、藝術や写真、音楽、文学といった文化活動に全てに携わりたいと考えており、
こうした問題解決にあって、本・インテリアというジャンルであれば、すべての興味をカバー出来ると考えたのです。
そんな折に、大学のインキュベーション・サポートに応募した事がショップオープンのそもそものきっかけです。』
プロダクトだけでなく、空間や音楽、そして、建築デザインに彼らの興味の矛先が向けられているのが良く理解出来る。
それは、扉を開けた瞬間に包まれる仄かに甘く薫る香水、静かながら圧倒的な存在感の本やインテリア、そして、空間全体を軽やかに、しかし、決して邪魔をする事なく響く音楽のダンスが物語っている。
この空間内には、出しゃばった存在が全く居ない。
多くの本やインテリアが並んでいるのにも関わらず、夫々を引き立たせ、そして融合させているのだ。
それは、おそらく一つ一つ選ばれたプロダクトの背景に関係があるのだと思う。
『海外に買い付けに行くと、日本人のアートに対する触れ方と少し異なる感覚があります。
日本ですと歴史的な背景や、歴史的評価が高いもの、所謂、価値が既に定まっているものに対しては、興味を持つ方が多いのですが、自らの感覚で判断する土壌がまだ育っていない気がするんです。
そうした中、私達は、可能な限り無名なモノや人にフォーカスしたいと考えています。
それは、自分の価値観で時代や国、評論などに左右される事なく判断できる能力を身につける、そうした価値観を日本で拡げたいと思っているからです。
それは、芸術だけではなく他分野でも、人間として豊になる大事な要素だと思うんです。』
リムアートでどうしても紹介したいものがある。
僕が一目惚れをしてしまった料理家の細川亜衣さんの料理レシピ集だ。
このレシピ集は、人間の創造力をフル回転させなければ、その良さの半分も理解できないだろう。
まずはネーミングが実に詩的で、美しい。
例えば、”翡翠色”や”若葉色”、”乳白色”など色をテーマにしたレシピ集があり、
“春の香り”、”夏の夕暮れ”、”秋の気配”、”冬の夜更け”など季節をテーマにしたタイトルが並ぶ。
ブックはシンプルで余計な装飾は施されていない。
材料に細かいグラム数もないし、料理の完成図もない。
このレシピの完成形は作り手に委ねられるのである。
テキストだけで作る過程は、まさに連想遊びで、曖昧だ。
しかし、曖昧さは素敵な事だと思う。
曖昧さの中ある”間”をどのように解釈をしていくのかが、ここでは、創造性だと思うのだ。
『3月の上旬にオランダの写真家サンネ・サンネスの展示を開催しました。
サンネ・サンネスは、女性の性的な部分をシンボル化して撮っているんですが、そのバランス感覚が絶妙なんですよね。
男性の写真家なんですけど男性的な視点ではないバランス感覚。
境界線や、男性性、女性性というジェンダー、そして、映像や写真自体も曖昧です。
白と黒だけで判断可能なものは、世の中に多分少ないんだと思うんです。
どちらかというとグレーの部分、曖昧な部分で世の中が成り立っているのではないでしょうか。』
リムアートの持つ様々な文脈が融合した世界観、空気感が曖昧なものだとするなら、
対照的に、その名称とメッセージは非常にクリアなものだろう。
『 lim は、建築家のミース・ファン・デル・ローエの言葉 “less is more” の頭文字を使用していて、削ぎ落とされたものが豊かだという意味です。
こうした概念は、引き算をして残ったものが、これから私達がやりたいことであり、自分達が扱いたいと思うものを象徴しています。
そして、ちょうど飼っていた鶏がリムという名前できっと何かあるに違いないと運命を感じたのです。
これに私達が扱う Art (藝術)を足しました。
元々、アートは社会に対する抗議的な意味で使われていました。
現在では、そのアートがより身近なものとなって、触れる機会が増えたと思うんですが、アートの質は下げてはいけないと思っています。
質は下げずに代わりに敷居を下げていく。そうした活動の媒介者となって行きたいと思っています。』
僕のリムアートの印象は、些細な奇跡が起る場所、または探す場所。
本の一冊一冊に、インテリアの一つ一つに個性があり、偶然の出会いがあり、ここに集められている。
そして、夫々脈々と受け継がれて来た歴史が融合する事で畝を産んでいると思う。
その心地よい畝に身を任せることが出来れば、あなたにもささやかな奇跡が訪れるのではないかと思う。
リムアートそんな神様が宿る場所なんではないだろうかと思うのだ。
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limArt
東京都渋谷区恵比寿南2-10-3-1F
12:00~20:00(Closed on Monday)
limArt annex gallery
東京都渋谷区恵比寿南2-15-6 green hills GF
12:00~20:00(Closed on Monday)
www.limart.net
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