Review – 『インタビュー』



編集者だけではない
多くの人が潜在的に行っているインタビュー

 ミシマ社から出版されている木村俊介さん著『インタビュー』は、そのタイトルの通り、インタビューというものにフォーカスして、この行為を「道具として」、「体験として」深堀りする書籍だ。
 インタビューと聴くと、どのような職業を思い浮かべるだろうか。おそらく、真っ先に、取材する人、編集者というイメージが浮かぶかもしれない。しかし、少し広義的にインタビューという行為を捉えるのならば、多くの人が日常的に行っているとも言えるだろう。インタビューではなく、ヒアリングという言葉にすればもう少しイメージが湧くだろうか。この「ヒアリング=話を聴く」という行為は実に多くの職業で、あるいは何も仕事ではなく、日常生活でも潜在的に多くの人が行っているといっても言い過ぎではないのではないだろうか。仕事で言えば、コンサルティングやブランディングにおいて、あるいはデザイナーにしても、他者が求めるものの真意を交わされる言葉の中から探っていく、導いていく、という大切な入り口とも言えそうだ。あるいは日常生活においては、仕事のように形式ばっていなくとも、会話自体がインタビューの側面を持つこともあるだろう。家族や友人、恋人などその人間を真意を探ったり、基底するもの定めたりする為には、道具として非常に有用だ。
 こうした誰もが潜在的に使用しているかもしれないインタビューに関して、本書では、他者から潜在的な想いも含めて話を聞き(あるいは聞き出して)、まとめていくまでの心構えや下準備、現場の振る舞いから、アウトプットまでの報告がなされている。報告と書いたのは、本書がいわゆるビジネス書のようにインタビューの ”how to” がわかりやすく書かれているものではないからだ。もちろん、インタビューにおける過程がリアルに描かれているので、入門書や実践書の側面はあるものの、私はそれらとは反対のノンフィクションのレポートをえんえん読み進めているような感覚だった。構成にもそれがよく現れている。二つの大きな章に別れていて、一応小見出しが細かく設定されているものの、区切りというものが実に曖昧な構成になっているのだ。時間がない現代人にとっては要点だけ拾いたい、と思うかもしれないが、本書のメッセージを正確に読み取るには、この長さや構成の在り方こそが最もふさわしいのだと思う。簡単に飲み込めるものは一過性の情報であり、麻薬のように常に摂取しなければいけないが、本書では、ゆっくり咀嚼して自分で発見する姿勢をベースにしているように感じる。作り手が、手を動かす中でオリジナリティを発見する過程に似ているかもしれない。


「沈黙せざるをえない人たち」から得られる
気づきとしてのインタビュー

 私は基本的に、本を読む時、作品を鑑賞する時、表現者の背景、人生観における視点というものを重視している。木村俊介さんが書かれた本を手にとったのはこれが初めてだが、見ている方向が重なることが多く、非常に共感を覚えた。
 まずひとつにこれから未来に求められる仕事として、市井の人々、彼の言葉を借りれば「沈黙せざるをえない人たち」の姿、町のシャバっ気みたいなものが練りこまれた、「上っ面」ではないものに可能性を見出しているということだ。そうした社会の土台とも言えるような人たちにしっかりと視点を注いでいる点が美しい。作るコンテンツこそ違えど、まだ世に出ていない (見えていない) モノや人に目を向けて、気付きとして紹介していくというスタンスで活動をしてきた私たち HITSPAPER とも非常に親和性を感じた。
 また手を自らが動かすことで気づきを得ていく、という姿勢にも強く惹かれた。手をあまり動かさず、誰かに何かをやらせる発言者が多い中、とにかく手を動かしている人にインタビューをしている木村さんは、文字起こしからまとめまで一人で行っているという。適切な助言をすることよりも、実践するプレイヤーとして忠実にそれをやってみることの方が難しいことを理解し、その先にある動きから気づきを得ていることに、私は姿勢が正されるような想いだった。


「同時代の振動」としてのインタビュー

 本書は決して読みやすい書籍とは言えない。前述したが、えんえんと文が途切れることなく続くので、脳内で理解しながら読み進める為には結構時間がかかる。ただ、約300ページちょっとに及ぶ長さの中にはぎっしりと言葉が詰め込まれており、それらによって私はいつの間にか自身がエンパワーメントされていたことに気づいた。その理由は、おそらくインタビューという誰でも行うことができる道具としてのインタビューの可能性を本気で探求し、幾度となく実践してきたからこそ見えるものに光が当てられているからだと思う。こうした姿勢、視点から浮かび上がる言葉と連なりが、独特な言い回し、リズムを伴うことによって長編のノンフィクション物語を読んでいる時のような「ドープ (中毒性)」が内包されていくのだろう。本書では、インタビューが持つ可能性がいくつか語られているが、ひとつ「ドープ (中毒性)」に関わるものを紹介して、本レビューを終えたい。
 木村さんはインタビューでしかできないことのひとつに、途中では止められない一回限りの「生成」として成り立っていくとされる流れのようなものこそ、インタビューだからこそできることに関わるのではないか、ということに言及している。面白いのは、数分間で多くの言葉がまとめられているラップを例に出し、インタビューを「時代性と、一回限りの勢いをこめた声のリアリティ」として価値を深めていきたいと考えていることだ。「同時代の振動」としてのラップがノンフィクションとしても機能してきた現代を受けて、その形式、手法を参考にインタビューをアップデートするという視点。この発想と視点が、本書を読んだ時の「ドープ (中毒性)」に関係しているのだと思う。ビジネス書のようにわかりやすく要点をまとめるのではなく、敢えてえんえんと物語のように言葉を連ねるのは、こうした「時代性と、一回限りの勢いをこめた声のリアリティ」を本書で試みているのではないだろうか。どこかで聞いたことのあるような、同じような浅い情報のまとめではなく、一見すると読み取りにくい構成/スタイルにすることで見えてくるものがある。多くの学びがあったが、このようなスタイルに出会えただけでも、私には価値ある気づきであった。
 どのようなジャンルでも底深く探求する人からは多くの学びがある。インタビューという行為を日常的に行っている人だけでなく (もちろん潜在的には、他者と関わる限り、非常に近しい行為を私たちは潜在的に行っている)、多くの方に読んで欲しい一冊だ。


text by arata sasaki (HITSFAMILY co-founder)
HP: www.hitsfamily.com
Instagram: @arata_hitsfamily

『インタビュー』木村俊介
出版社 | ミシマ社
発売日 | 2017/5/20
https://amzn.to/2tNsaY4


木村俊介
インタビュアー。1977年、東京都生まれ。著書に『善き書店員』(ミシマ社)、『料理狂』(幻冬舎文庫)、『仕事の話』(文藝春秋)、『漫画編集者』(フィルムアート社)、『変人 埴谷雄高の肖像』(文春文庫)、『物語論』(講談社現代新書)、『「調べる」論』(NHK出版新書)、『仕事の小さな幸福』(日本経済新聞出版社)、聞き書きに『調理場という戦場』(斉須政雄/幻冬舎文庫)、『芸術起業論』(村上隆/幻冬舎)、単行本構成に『西尾維新対談集 本題』(講談社)、『海馬』(池谷裕二・糸井重里/新潮文庫)、『ピーコ伝』(ピーコ/文春文庫PLUS)、『イチロー262のメッセージ』シリーズ(ぴあ)などがある。