[column: 02] Our Way to Creator – クリエイターのオリジナリティについて

 

第2章
クリエイターのオリジナリティについて

 
 クリエイター (表現者) だけに限らないかもしれないが、多くの人が思い悩んでいるのが、他とは異なるという「オリジナリティ」ではないだろうか。これまでの日本の教育は画一的な物差しを基準とし、人と異なることを良しとしてこなかった訳だが、急にある次点から「個性を出せ」と言われても、そのような土壌が育っていない私たちは困ってしまう。かく言う私も大学では教育学部 (心理学) に進んだが、それまで「オリジナリティ」を意識したことなどなかった。むしろ、並んでいる列からはみ出さないように、ということばかり気にしていたような気がする。
 さて、前回のコラム「クリエイターとして独立までに学ぶべきこと、準備しておきたいこと」や、前々回のコラム「クリエイターとして独立したいあなたへ」で、主に若い人たちに向けて独立する意義、それまでに学んでおきたいこと、準備しておきたいことをいくつか書いた。おそらくその中でも、表現者として自立するには今回取り上げるオリジナリティが最も大切かもしれない。特に個人や小さな集団として良い仕事を続けるには、他では代替することが難しいという状況を作り上げてなくてはならない。個から集落のようなコミュニティに緩やかに進みそうな気配もあるが、いずれにせよ、ある程度の集団になってお互いを補完しあえるような関係性を築き上げる為にも、個がオリジナリティを持ち、集団を押し上げていくという構造が望ましい。言うまでもないかもしれないが、簡単にコピーできてしまう、あるいは、コモディティ化してしまった表現を安価で素早く再現できる、ということを売りにしていると、いずれ淘汰されてしまうだろう。大きな資本があるなら別だが、小さなコミュニティや個で戦うつもりなら決して価格競争に自分から頭を突っ込んではならない。
 ではオリジナリティな表現に辿り着くには、いったいどのような要素が必要なのだろう。周りで活躍している表現者に鑑みて、私たち HITSPAPER が考えるオリジナリティを挙げてみたい。

(1) 誰から見てもわかるような独自のスタイルを持っていること
(2) 過去の優れた表現が現在にアップデートされている、あるいは、異なるものがミックスされていること
(3) 独自のスタイルが常にアップデートされていくこと
(4) 時間が経過した後、スタンダードなものとして後発者の引用元になること

 (1) ~ (4)まで挙げたが、このどれかが欠けていると、後世まで残るようなオリジナル表現とは呼べなくなってしまう可能性が高いと思う。もちろん、すべてのクリエイターがこの要素を満たすのは難しいし、オリジナリティがなくても独立することはできだろう。しかし、オリジナリティを追求することで、良い仕事を受け続けることができるし、何より人生ではなかなか得難い学びを手にすることもできると思う。
 今回の章では、このようなクリエイターにとって必要不可欠であろうオリジナリティについて、何人かの表現者や作品を紹介しながら進めていきたい。




Part 1
独自のスタイルを持つために

 独自のスタイルとはいったいどのように形成されていくのだろうか。きっとこの問いの答えは、それぞれの置かれた分野 (職業)、育ってきた環境、文化的背景などによってさまざまだろうと思う。先天的にどのような能力を持って生まれたか、これまで後天的に何を手にしてきたかにも影響される。それこそ人ぞれぞれ違うので一概には言えないけれども、ここでは、いわば属人的とも言えそうな独自のスタイルを発見する為に、私が周りの優秀な表現者から見て学んだことを書いていく。


1-1 批評する目を持つ (主観と客観を行き来する目)

 私の周りの多くの表現者に共通することとして、優れた主観はもちろん、ある種、客観的でシニカルな視点を持っていることが挙げられる。言葉を変えれば、表現者でありながら、批評家の視点を併せ持っているとも言えるだろう。自分が作り上げたものを愛でたい、批評に晒されることから守りたいという気持ちは誰でもあるが、それに溺れず、第三者の突き放した目で見たらどのように捉えられるのか、ということをある種冷徹な視点で見ることによって表現がより強度の高いものとなっていく。
 ただし、自分の主観を蔑ろにしている訳ではない。主観から入り、必ず、客観的な視点に晒した上で (データなどから裏付けを得るような感覚で)、また主観に戻していくという工程が特徴だ。また、常に前提や既存のものを疑うという姿勢も共通しているように思う。「そもそも」というところかスタートし、自分なりに咀嚼をすることで物事の良し悪しを判断する姿勢を持っている。
 このサイクルを鍛えない限り審美眼は育たないから、多くの表現に触れて批評的な視点を学びたい。

1-2 好奇心を持つ

 独自のオリジナリティを獲得する上で、好奇心がないと必ず行き詰まってしまうくらい大切な原動力だと思う。特に、個で独立する場合、受動的になってしまうとさまざまなことが停滞してしまう。また、お金を稼ぐことは大切だが、それが目的では持続的に良い作品を作り続けることは不可能だろう。私の知る限り、成功しているクリエイターは好奇心が旺盛で、子どものように前のめりになって好きなことに没頭している。
 周りですぐに思いつく好奇心が強い表現者と言えば、プロダクトデザイナー小宮山洋さん。彼と接していると好奇心というものがいかに表現者にとって必要不可欠なのかよくわかる。好奇心を持つということは疑問を持って知りたいということ。物事の仕組みや本質などを知ることで、自身の立ち位置が相対的に見えてきたりもする。
 小宮山さんの場合は、すべての仕事において「研究」というアプローチから仕事がスタートする。研究とは、ある特定の物事について、知識を集めて考察、実験、観察、調査を通じて、その物事を深く追求することだ。オリジナリティという鉱脈を掘り当てるには、底の浅い小さな穴ではなく、ノーベル賞を獲得する研究者のように、好奇心を宿し、誰もが興味を持たないものに向かって「深く掘る」=「専門性を持つ」という感覚が大切だ。深く掘り進めるには、非常に体力を使う。そのような意味でも、何の為に堀り進めるのか、という原点となる好奇心は必須と言えるのではないだろうか。

1-3 異なる分野を横断する

 「深く掘る=専門性を持つ」ということに矛盾するように思われるかもしれないが、オリジナリティという誰も発見してない鉱脈を掘り当てるには、まずどこを掘れば良いか「アテ」がなければいけない。その為、自分が所属する分野のマップ (マーケティングのポジショニングマップのような現代のみで成り立つものではなく、かつてどのような表現がなされてきたかという歴史に基づいたマップ) を知ることはもちろん、他の分野のマップも知っていると誰もが着目していない場所を探すことができるかもしれない。一つの分野がこれだけ小さく細分化され、すでにレッドオーシャン化してしまった現在では、既存の分野だけを探しても同じような表現が乱立してしまう可能性が高いだろう。
 私の周りで異なる分野を横断をし活躍している人は結構多いが、異色な横断をしている人として思いついたのは、中目黒のヘアサロン「Raw」のオーナー 中川リエコさんだ。中川さんはかつて野田凪さんが主宰していたデザインスタジオ「宇宙カントリー」出身で、その後、ヘアスタイリストの道を歩み始めることになるのだが、その感性は、ヘアスタイリスト一本でやってきた人とは異なるものが混じっていて、それがオリジナリティとなっていると考えられる。もちろん、その道一本でやってきた人を否定する訳ではないが、中川さんの背景が滲み出るような他にはない世界観が生み出されている。
 また、予約性の本屋「UTRECHT」を営んでいた江口宏志さんが始めた『mitosaya 薬草園蒸留所』も分野を横断(跳躍に近いかもしれないが)して、専門性を掘り進めたからこそ生まれたオリジナリティが宿っている。クリエイター層を中心に『mitosaya』の商品が人気を博しているのも、前職での人脈や学んだことが大きかったのではないかと考えられる。

1-4 ヒップホップ的ミックスカルチャー

 ここ数年、おそらくインターネットの発達などによってパクリや剽窃の問題が顕在化し始めている。個人的な意見を言わせてもらえば、そもそも芸術、表現は「ミメーシス=模倣」からスタートしているから、似たものが出てくることに対して驚きはないのだが、おそらくその作法を心得ていないからこのような問題になるのだと思う。すべての表現者は時代性や何らかの過去の表現から影響を受けているので、それが自身の表現に組み込まれていない方が不思議なのだ。
 では、パクリではなくオリジナリティがある作品として認められるにはどのようなことが必要なのだろうか。ヒントになるのは、ヒップホップ的なミックスカルチャーにあるのではないだろうか。ヒップヒップは他のジャンルの音楽とは異なり、明確に引用というものを意識しているし、それを良しとしている。過去のトラックをそのままあるいはリミックスして、自分たちの言葉を載せて作品にしていく。引用元=ルーツを大切にする姿勢は、学術論文にも近いスタイルと言えるかもしれない。過去の積み重ねによって、現代の私たちがその恩恵を受けて表現できるのだ、という意識が非常に強いのだ (ヒップホップコミュニティってどのようなもの?という方の為に、非常に入りやすい海外ドラマ『ATLANTA』)』を紹介したい)。
 映画で言えば、ベネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得した『ジョーカー』も非常にヒップホップ的な作られ方だと言える。監督したトッド・フィリップスが認めるように、マーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』に現れる雰囲気やカメラワークだけに止まらず、キャストにいたるまで (両方の作品に出演するロバート・デ・ニーロが対比のような形の役を演じていたり) オマージュや引用が多くなされていた。
 ここで大切なのは、換骨奪胎とも言えるような着想、形式を模倣しながら、自分の作品にする為、オマージュする作品を細かく分解して再構築していること。村上春樹も翻訳を通じて海外作品から独自の文体を生み出したが、イメージとしては、ラジオや iPhone のようなどのような構造でそれらが成り立っているのかと疑問を持つような機器を分解し、そのパーツの役割を知った上で、違った部品などで代用して組み立ててみる、というような作業が必要なのだと思う。

1-5 引き算をする

 多くの情報や学びを得た後は、できること、できないことに分けて (能力的に、時間的に、予算的に)、どんどん自分から引き算をすることがオリジナティを探すヒントになるかもしれない。これは、自分を裸にしていく、という作業でもあり、自分の本質を知るという行為でもある。
 残ったものを一つ上の抽象概念に変えることで、「1-3 異なる分野を横断する」の例で挙げたように、今いる分野から他の分野に移った方が自分の特性を活かしながら、オリジナリティを発揮できるという導きを得るかもしれない。
 また、引き算をすると、得意なことと同時に純粋にそのことを楽しんでやれるか、という自分への問いかけから「1-7 好きなことを続ける」ということにも繋がっていくだろう。分野を横断して新しいポジションを得ても、それが本質的に自分で楽しめなければ、目的と手段が逆になって、結果、実りのない人生となってしまう。
 この引き算をすることによって、自分に隠れていた欲求やオリジナリティの芽が浮かび上がってくることがあると思う。引き算は、一人孤独に自己と向き合って探すことも可能だけれども、何かの助力、例えばワークショップや本などのある一定のプロセスを踏むとより楽に引き出せすことができるようになるかもしれない。ここで言葉や図を使用して説明するには非常に難しいので、頭の整理を促す為に、元greenz、現在、京都精華大学特任講師に着任している勉強家 兼松佳宏くんの本『beの肩書き』を紹介したい。さまざまな分野で学び、やりたい/やっている肩書きを整理 (引き算) することで、あなたがすべきこと、したいこと、掘るべき場所が見えてくるのではないだろうか。

1-6 共生の意識を持つ

 私はオリジナリティを持つということは相手を蹴落として競争に勝つことが目的ではなく、他と異なることで、結果、社会の多様化に繋がっていくことだと考えている。生物がさまざまな種を持つことで、長くこの惑星で持続的なエコシステムを構築してきたように、職業としても独自のポジションをそれぞれが持つことで、社会全体の知識や価値が広がり、全滅のリスクが減ることになる。だからこそ他と異なることを恐れてはならない。異なることで社会はより豊かに、厚くなっていく。異なって始めて本当の「共生」が始まるのだ。
 哲学的なことになるが、人と異なることは孤立を深めることではなく、他者を知ることもでもあると思う。近年、個人主義的な流れが続いていたが、ここに来て少しずつ緩やかなコミュニティが形成され始めている中、ただの馴れ合いのような相互依存に陥らないように本来の共生というものをしっかり意識して、孤立を深めないようにしたい。ここでは建築家 黒川紀章 (黒川 1996) の共生の概念を引く。
①共生とは、対立、矛盾を含みつつ緊張の中から生まれる新しい創造的な関係をいう。
②共生とは、お互いに対立しながらも、お互いを必要とし理解しようとするポジティブな関係をいう。
③共生とは、いずれの片方だけでは不可能であった新しい創造を可能とする関係をいう。
④共生とは、お互いの持つ個性や聖域を尊重しつつ、お互いの共通項を広げようとする関係である。
⑤共生とは、与え・与えられる大きな生命系の中に自らの存在を位置づけるものである。

1-7 好きなことを続ける

 これまでさまざまな表現者と会ってきたが、多くの人に認知されるまでには努力だけでなく、運も必要だと感じる。どうして周囲の評価が伴っていないのか、と思えるオリジナリティがある人でも、人の出会いなど、大きな仕事のチャンスに恵まれないことだってあるだろう。
 イラストレーターの長場雄さんに会ったのは、もうかれこれ10年以上前のことだけれども、その当時はカエル先生と呼ばれていて、まだ日本を代表するような描き手ではなかった。2017年のパルコでの展示で、これまでのアーカイブをまとめた『I DID』がリリースされたが、長場さんはそこでチャンスが訪れたのは2014年に雑誌『POPEYE』(マガジンハウス) の表紙に抜擢されたことだったと語っている。もちろん、それまで仕事がなかった訳ではないと思うが、彼が描くことを辞めずに続けてきたからこそチャンスが巡ってきたのだろう。自分の表現を常にアップデートをして、見てもらう機会を増やすには、単純に仕事としてやっているだけでは難しい。自分を信じて作り続けなければいけないし、何よりその行為が好きでなければいけない。何かを極めようと独立するにあたって、好きであることは最大の武器になるだろう。

1-8 自分の鏡になる人を持つ

 これまで挙げてきたことをクリエイターは何度も行ったり来たりしながら、独自のオリジナリティを発見し、さらにそれをアップデートし続けていかなければならない。独自のスタイルがスタンダードになるまではとても長い道のりが待っている。
 だからこそ、常に自分の味方であり、客観的な視点を持った人を大切にするようにしたい。仕事のパートナー、人生のパートナー、友人、属するコミュニティの人たち。人と異なる道を進む中で、どうしても孤独を感じてしまう瞬間はいくらでもある。もちろん表現者にとって孤独はつきものであり、思っても見なかった自身の影に対峙させられることも日常茶飯事だ。選んだ道が行き止まりで、どこにも行けないことだってある。
 保証もない独立の道を歩んだあなたを横目で見ながら学生の頃一緒だった同級生たちは、一般的な仕事に就き、結婚して家庭を持つ人も現れるだろう。特に独立したてや駆け出しの頃は、将来の不安で精神がぐらぐらになるかもしれない。
 私は精神的に強い人間ではないので、どうしてもスタジオを経営するなら共に戦ってくれるパートナーが必要だと思っていた。そして、案の定、実際やり始めて現在のパートナーがいなければ、おそらく途中で辞めていただろうと断言できる (パートナーとどのように仕事をするかという章も設ける予定)。何とか HITSFAMILY を14年続けられたのは、幸運なことに、共同経営者である河田や友人たちが私の鏡になってくれたからだ。良い距離感を持ち、共生を続ける仲間たちは私が間違った方向に行く時は忠告をし、進むべき道には快く送り出してくれる。個や小さな組織で長い道のりを進む覚悟ならば、絶対にひとりで歩まないように (共同経営をするという意味ではなく)。実りある仕事となるように、鏡になる人を探し、大切にしながら進みたい。




Part 2
リベラルアーツのすすめ

 オリジナリティの価値観は多様にあると思うが、私たち HITSPAPER として、独立する上でまず自身のいる分野を学びながら、他の分野も知るというリベラルアーツ的な考え方を尊重している。つまり、人文系、社会系、科学系、芸術系、ポップ系と、あらゆる分野に跨って概観することで、自分のポジション、できること、できないことを探って、そのミックスによる専門性を探し突き詰めていくという手法だ。
 手前味噌ではあるが、私たち HITSFAMILY でマネジメントをしているアーティスト「Daisy Balloon 」は、分野を越えて出会ったからこそ、新しい表現になったと私は考えている。夫婦であり、アーティストユニットである彼らは、グラフィックデザイナーとポップなバルーンアーティストとして別々の分野で活躍をしていた。もちろん、それぞれの分野で評価されていたが、ユニットとなり二人が融合した表現は、どこにも見たことがない新しいジャンルを築き始めていると思う。これまで、ポップな表現としてのバルーンはあったが、現在のようなバルーンの可能性を押し広げるかのような表現は見たことがない。そんな彼らもまた根底には、分野の横断というリベラルアーツ的な思考がある。
 私が所属していた大学はリベラルアーツに力を入れていたという経緯もあるが、そのコンセプトには若い頃から惹かれていて、HITSPAPER を立ち上げる時はこの概念を活かしていきたいと思っていた。リベラルアーツのコンセプトを引くと、「人生を豊かにしていくために、自分らしい生き方を考え、日々その生き方を実践するための学び」とある。専門性を深めるというよりは、異なる考え方やアプローチ方法を知り、他者とコミュニケーションを図る最低限の教養だと私は教わった。当時はあまりピンとこなかったのだが、分野が細かく細分化した現在では、その分野では当たり前のロールモデルを横にずらして考えたり(水平思考)、技術の転用など専門性の壁を破り、深めていくという実践に繋がる考え方にもなってきたように思う。
 ゆくゆく私たち独自のリベラルアーツ的な学びを紹介するコンテンツも掲載したいが、リベラルアーツとは何か、という入門書として、瀬木比呂志さん著の「リベラルアーツの学び方」を紹介して、本章のコラムを終えたい。

 次章は、個からコミュニティへ流れつつある現代の働き方、コミュニティ形成、クリエイターのエコシステムについて書いていく予定だ。





[column] Our Way to Creator – クリエイターとして独立したいあなたへ
序章 「クリエイターとして独立したいあなたへ
1章 「クリエイターとして独立までに学ぶべきこと、準備しておきたいこと
2章 「クリエイターのオリジナリティについて



 


text by: arata sasaki (佐々木新)

岩手県盛岡市出身。一児の父。東京と岩手盛岡市の二拠点暮らし。 ブランディング・スタジオ「HITSFAMILY」共同代表。ブランド・アイデンティティ・ディレクター、コピーライターとして働く傍ら、現代のアート/デザインを紹介するウェブマガジン「HITSPAPER」や”子どもを通じて世界を捉え直す”「mewl」の編集長を務めている。
2013年から小説を書き始めて、2016年に小説「わたしとあなたの物語」、2017年に小説「わたしたちと森の物語」を刊行。それらに併せて、言葉と視覚表現の関係性をテーマにした展示を行っている。 (HP / Instagram)