Review – ブッカー賞ノミネート作品、グラフィックノベル「sabrina」


 米国イリノイ州パロス・ヒルズで育った、ニック・ドルナソ著の「sabrina 」は、グラフィックノベルでは初となる、ブッカー賞にノミネートされた作品だ。私は漫画よりも、写真集や小説などを好んで購入するのだが、「分野が融合したような新しい読後感があるから」という理由で友人に薦められて手にした。ちなみに私は、DCコミックに代表されるような欧米のコミック (映画は好き) が比較的苦手であるが、本書には全く抵抗感がなかった。
 本書「sabrina」の大きな特徴の一つとして、一枚画としての芸術性の高さが挙げられるだろう。キューブリック的な一点透視図法が使用されていたり、余白が意識された美しいコマ割や構図だったり、まさにグラフィックとしての完成度の高さが本書にはある。また、実に淡々と静かに物語が進むことも特徴だ。もちろん、物語としての起伏はあるのだが、どこかオフビート的な佇まいで、読み手の方が主体的に想像を働かせていかなければいけない。映画で言えば、ジム・ジャームッシュの『パターソン』を鑑賞した時の感覚と言えるかもしれない。主人公然り、登場人物の表情は大きく変わらないように見えるので、その乏しい機微の変化に読者は注意を払い、感情を読み取っていく必要があるのだ (だからこそ生まれる恐怖や笑いがある)。それは表情だけに限らず、シーンにも言えることだ。
 もちろん、シーンによってセリフはあるのだが、その使い方、表現方法が巧みで、おそらく抽象性が高いような内容は吹き出し文字として、心理描写は描線の漫画で描いているように見受けられる。言葉と絵の融合が美しく、一コマを切り取って、額装してもアート作品として成立してしまうくらいだ。



 また、文学作品としてブッカー賞にノミネートされただけあって、内容も実に素晴らしかった。ざっくりあらすじを伝えると、サブリナという女性が失踪し、心配のあまり不安定になった彼女の恋人テディは、遠方に住む幼馴染カルヴィンの家に身を寄せる。その後、彼女に関する衝撃的な映像を収めたテープが新聞社に送られてくる。そして、その映像はインターネットを席捲し、噂や憶測、陰謀論が湧き上がるという内容だ。
 読者には、物語の鍵となる、「サブリナが殺害されたのか、されていないのか」は明かされず、真実が分からない状態で読み進めていくことになる。この体験は、作品の中で、インターネットの情報に踊らされる人々と同じで、最終的には何が真実なのか、わからなくなってしまう感覚だ。最初の内こそ、登場人物の心理を読み取れなかったのに、主体的に読み取っていこうとすると不思議に物語に入り込んでしまい、作品中の彼らと同じように心理状態になってしまう。死んだと決まった訳でもないのに、インターネット上で流布したニュースが次第に内的真実となり、サブリナの葬儀が行われてしまうことを違和感なく受け止めてしまう。スマホとラジオが対比されるようなかたちで象徴的に現れたことことも個人的には面白かった。



 文学作品としてブッカー賞にノミネートされたのは、フェイクニュースの問題だけに留まらず、様々なアメリカ社会の問題が内包されているからだろう。ジェンダー、新興宗教、マスコミ、銃規制、テロという大きな問題だけでなく、個人に即した理不尽な愛憎の病理、閉じたコミュニティ内での疎外感などが複雑に絡まりながら社会が蠢いているのを感じ取れる作品となっている。静かな作品だからこそ、これらの問題がゆっくりと、それでも確実に私たちを絡めとっているのが伝わってくるのだ。
 おそらく万人受けするような作品ではない。しかし、単純に漫画やグラフィックノベルと言い切れないような、新しい分野を切り開くような新鮮な体験を得られるという意味では、これまで漫画に手を伸ばしてこなかった人も含めて多くの読者を獲得するような気がする。また、嬉しいことに、解釈が多様に開かれた作品なので、一度読んだ後でも何度でも楽しめる作品とも言えるだろう。日本語版か原文の英語版か、迷うところだが、いずれにせよ、読むべき優れた文学作品としてマストであることは間違いない。ぜひ手にとってほしい。

text by arata sasaki (HITSFAMILY co-founder)
HP: www.hitsfamily.com
Instagram: @arata_hitsfamily


SABRINA サブリナ (日本語版)
著 | ニック ドルナソ
翻訳 | 藤井 光
単行本 | 208ページ
出版社 | 早川書房 (2019/10/17)
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