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MP1 – Expanded Retina Artist Talk


光、影、うつろい。 さまざまな陰影のグラデーションが、わたしたちの視界の上を通りすぎて行く。

かつてニュートンとゲーテは色彩論について意見を戦わせ、ニュートンは光から導きだされる色を物理学的観点から体系化させたのに対し、 ゲーテは色の持つ精神的・感覚的作用に重きを於いて反論した。

そのゲーテによると、わたしたちは光と闇の中間を織りなすグラデーションである「くもり」のレイヤー層が両極に作用することで初めて豊かな色彩を感知しているという。

G/P gallery で開催中の写真展「拡張される網膜」は、わたしたちに世界の捉え方を改めて問い直す内容となった。

一体、今観ていること、感じていることは本当に自分の感覚なのか、または何者のかのビジョン = 胡蝶の夢なのか?


展覧会を企画した「MP1」は写真家のエグチマサル、藤本涼、横田大輔、吉田和生、コンセプターとして参加している批評家の星野太によるプロジェクトだ。

展覧会初日の2012年1月21日、G/P galleryでは、メンバーの5名と、モデレーターにHITSPAPER編集長である佐々木アラタを迎え、トークイベントが行われた。今回は、このセッションから多様な考察を垣間見ていきたいと思う。


佐々木『今回のテーマ「拡張される網膜」というテーマについてお聴きしたいと思います。何故こういうテーマになったのでしょうか?』

星野『今回出版されたアーティストブックに寄せた「媒介の擁護」というテキストにも書かせて頂いたのですが、4人とコンセプトを作って行く時に、僕の第一印象では、彼等の作品にペインタリーという印象を持ったんですよ。例えばエグチさんみたいにプリントに直に描いたり、横田さんの作品では人物の輪郭を抽象化し、イラストのような加工を施したり、藤本さんと吉田さんの作品には色彩的なアプローチがあったり。それで最初は、抽象やペイントというキーワードが思い浮かんだんですけど、どうもそれも違うと思いました。

絵画や写真といったありがちな二項対立ではなくて、むしろ視覚的経験の猥雑さとか、不純さの方が要素としては大きいんじゃないかと思ったんです。つまり我々はものを見るという時に、その視覚が透明であって純粋であると想定しがちなんですけれども、実際には視覚情報というものは、網膜や神経システムといった沢山のメディアを通って来て経験しているんです。

僕は4人の作品を見た時に、そこに視覚的経験の不純さが表出させられているような気がしたんですね。以上のようなことが、「拡張される網膜」というタイトルの発端です。


佐々木『「二項対立」に関してお聴きしたいです。嘗て、ニュートンとゲーテが色彩論について争いました。ニュートンは光を屈折率という数量的、物資的な観点のみで捉えたのに対して、ゲーテは光と闇という「二項対立」とその両極を媒介するものに「くもり」のレイヤーを持ち出しました。僕はそう言った「くもり」のレイヤーが写真というメディアの中にも感じられると思っているのですが、どのようにお考えですか?』

エグチ『「くもり」の部分——すなわち中庸、灰色の部分というのは、日本的な価値観としてあると思います。僕の以前の作品は、沢山書き込んでいたり色彩が強いものが多かったんですが、最近それが無くなってきたのは、やはり中庸の部分であるとか、「くもり」のレイヤーのような要素が関わってきているのかなと思います。例えば、写真のプリントって退色していきますよね。それで僕は、その写真が変わっていく様子が作品になったらいいなと思い、今回展示した作品からはペイント以外にも削るということをやっていて、インクジェットの部分が退色していくにつれ、墨で描いた部分が浮かび上がって来るという作品を目指しました。』





藤本『「くもり」と聴いて考えたんですけど、僕の作品は最後に撮る時に、カラーセロファンを動かして、色がぼやけたりまざったりぼけたりするという作業をしているんです。その時には「くもり」のレイヤーと言いますか、「空気の膜」みたいなものができるという意識をフィルムに焼き付ける感覚でやっています。何か、それをしてこそ僕の作品なんじゃないかな、という、ほとんど儀式のような感じでそれをやっています。』

じつは藤本氏はMP1随一の寡黙なアーティストでもあるのだが、その藤本氏が「こういう感じ」というのを込めて作品を作っている、と語っていたことは、とても情動的で絵画的な印象を受けた。また、写真の「像が出てくるまでわからないというブラックボックス的な部分」に惹かれる、とも語っていたが、その言語化されない部分こそが藤本氏の制作における肝でもあるように思う。

トークは、自身も同世代である佐々木の質問から、デジタル世代ならではの影響について進んだ。


佐々木『皆さんが生まれた1980年代というのは、完全なデジタルネイティブではなく、アナログとデジタルのちょうど境にいますよね。こうした世代にとってデジタルが急速に氾濫したという印象が強いのではないかと思います。そして、明確に作品へも影響を与えていると思うのですが、いかがでしょうか?』

エグチ『僕らの時代に、デジタル流行りの過渡期があったと思うんですけど、例えば商品写真であれば、アナログで撮った写真よりも、CGで作ったイメージの方が世の中には多いじゃないですか。だけれども、写真をやってきた人や、アナログでデッサンが出来る人たちの方が、より本物らしくCGを作ることが出来るんです。写真にレタッチを施すにしても、そういった人たちの方が上手い。だからアナログができる人の方が、デジタルになった時に強いという印象がありますね。』

佐々木『ロシアのデッサンを勉強している方から、何かの実体を描いていく時に、影を描いていくことで実体を炙り出していくとお聴きしました。 こうした手法をお聴きするとプラトンの洞窟の喩えではないですが、イデアは影によって僕らの認識下に顕われて来ているような気がします。 そうすると、そもそも実体って何なのか、実は僕らは影を見ているんじゃないか、といったテーマが浮かんでくるんですけれども、皆さんは、どういったアプローチで実体を追っているのでしょうか。』

エグチ『そういうテーマだと何が実体か、という話になってくると思うんですけれど、見た目の部分では、「胡蝶の夢」ってあるじゃないですか。僕らが蝶の夢を見ているのか、蝶が人間である夢を見ているのか、という。そういう話だと思うんです。それが見た目じゃなくて本質的な部分の話になってくると、表層上の部分が無くなって来た時に残る一滴の部分、そこに本質、実体の部分があるのかなと思います。』





横田『デッサンで丸を描いた時に、下に影をつけると膨らんで見えて、上に影をつけると凹んで見えるのですが、そういう捉え方ができるのは、人間のメカニズム的な機能だと思うんです。経験というよりは、あらかじめそういうことを把握する機能が備わっているというか。そこを認識させるのは、やっぱり光と影のバランスのコントロールで、それこそ写真というのは、そこに自分の出したいニュアンスを調整していくということなのかな、と思います。僕は今制作で、実体を平面化させるということをやろうとしているんですが、その時には光で調整するように心がけていますね。』

横田氏は、過去の写真をデジタル加工し、さらにそれをフィルムで複写していくという制作手法をとっているが、なるべく現場で厳密に光をとらえ、加工のプロセスを増やさないようにしているという。さらにそこに加工を施していくのは、自身の記憶や感情、音などといった視覚外の要素を、視覚を覆うフィルターとして加えていく作業だということだった。そうした現場でのファーストインプレッションを大事にしつつ二次的、三次的にフィルターを重ねていくというやり方は、MP1の全員に共通する手法だ。

佐々木『作家として生きていく上で皆さんそれぞれにお持ちの「信念」があると思うのですが、その辺りはいかがですか?』

横田『僕は信念とかいったものが、大きな指標や目標だという風に思いがちだったんですけど、結局そういう「大志を抱く」というようなところがなくて、どちらかと言うと、生活に根付いた中に——例えば歩いた時に気になることとか、日常的なところに——あったりするんです。そうやって気になることというのは、歩いているうちに更新されていくし、変化していくし、その都度考えなきゃ行けない。そういう好奇心やモチベーションをいつまで保っていけるのか、それを維持していくためのアンテナはいつも張っていきたいなと思います。』

藤本『僕もちょっと横田さんと重なるんですが、やっぱり年を重ねるごとに驚けなくなると思うので、いちいち驚いていきたいです。』

エグチ『僕の場合は、写真家だけども美術家だし、美術家だけれども芸術家、芸術家だけれども人間、人間だけれども人類、人類だけれども生命体、生命体だけれども死というものがある。そこと向かいあって生きていると、面白くなってくるんですよね。それでやるしかない、という気持ちになるというか。そこに至るからこそ、細分化して、自分が何をやる人間なんだと問いなおした時に、あ、写真家だ、作家だ、ものを作る人間だ、という風にフィードバックされていきます。」

吉田『僕が写真を面白いなって思うのって、ものの価値観を変えてくれるというところなんですよ。例えば、ピッチャーで斉藤という人がいるじゃないですか。その斉藤が甲子園で投げている時に、深呼吸をするみたいにして、空を見上げてから投げるんですよ。あれは斉藤が、青空を見上げたら心が落ち着くからだという話があるんです。僕はそれを聴いた時にその感じが凄くわかる、と思いまして、そうやってものの見方を共有した時に、自分の見方が変わったりすることを凄く面白いと思うんですね。そんな風に、これからも一つの概念に縛られないで、常に人の話を聴いて、面白いなと思ったらそこに乗って行きたいと思いますね。」

もともとMP1というグループは、吉田氏が企画してメンバーをリストアップし、星野氏に相談を持ちかけたことが始まりだった。その吉田氏が撮った「AIR BLUE」(森で上を見上げた時に木々の間からのぞいた空を組み合わせ構成されている、2010年から始まったシリーズ)は、3.11後に福島の森で撮影を行ったもの。吉田氏は、インターネットやテレビなどのメディアによってあらかじめ刷り込まれた情報に違和感を感じることがあり、制作においては、自身が現実の空間に身を置いた時に体感した感覚——風の音や温度といったものなど——に即した作品を作ることを試みたと語っている。1枚の「AIR BLUE」に使用した素材の数は、なんと100から1000枚。その手数の多さが一元的に見渡せるのは、氏の精神性と、実際に森を目にした時の感覚が生きているからなのだろう。





佐々木『MP1の未来については、どんな風に想像していますか?』


吉田『僕たちより上の世代の人たちが既に築き上げてきたものがあって、それに対して戦うというわけではないんですけど、僕らには僕らの世代に共有の価値観というものがあると思うんです。例えば、上の世代の出版社の人たちに写真を見せに行った時に「俺たちにはわからない」と言われたりするんですが、その人たちはその人たちの世代同士で写真集を作っていたりするんですね。でも、僕たちの間で共感できる感覚というのもあって、僕はそれが「面白いねんよ」ということをちゃんと言っていきたいんです。

また、写真業界に対してのアンチテーゼというのはスタンスとして持ち続けていきたいというのがありますし、僕はあくまでも制作で戦っていきたいので、僕個人の裁量でどれだけ勝負できるのか、という挑戦もあります。そんな中で、このMP1というプロジェクトを一つ形に出来たのは幸運なことだと思います。それで皆でわっとやろうぜ、みたいな気持ちも無いことは無いんですけど、基本的には粛々と、自分たちのやっていることをベストパフォーマンスしていけさえすれば、ついてくるものはついてくるんじゃないかなと思っているので。頑張っていきたいと思います。』

佐々木『今日は、MP1さんとトークセッションさせて戴いて、バックミンスター・フラーが生涯語り続けたトリムタブという概念を思い出しました。トリムタブというのは船を動かすための大きな舵に付いているさらに小さな舵のことを指しますが、その小さな舵が大きな舵をより少ない動力で動かすことが出来るのです。その様に、MP1という有機的な組織体ではチームだからこそ可能な事を追求して多様な拡がりを示していけたら面白い役割を担っていくのではないでしょうか。今回はその様な印象を受けました。』



MP1 artist’s book「Expanded Retina | 拡張される網膜」


今、目の前に一枚の写真がある。

そうした時、従来であれば、それを「撮る者」がいて「観る者」がいる、という明確な区分があった。だが、今回目にした写真の前ではその二者の境界は曖昧になり、観る者は何者かの「記憶」や「感覚」を体験しているかのような印象を与えられた。

そこには具象と抽象、デジタルとアナログ、内と外といった二項に縛られることから解放されたアーティストの表現があり、彼等は容易にそれを共有させてくれた。

その中庸を見出したアーティストの作品を「くもり」のレイヤーの表現だ、と言ったらゲーテは異を唱えるだろうか。

表現が進化するということは、時にシンプルになることだ。 MP1のシンプリシティは、数多の壁を越え、中庸にあるものをストレートにアウトプットできるところにある。 驚くべき発見は、これまでの表現では内在していた「感覚」が可視化され前景に表出していたことだ。 その感性の発露は解放感さえ伴い、鮮烈な印象を残す。

そうした新しい表現を体験した時、私たちの世界の受け取り方もまた、更新される。

なお、今回の展覧会に合わせてBAMBA BOOKSから出版されたMP1 artist’s book「Expanded Retina | 拡張される網膜」には、図版のほか、ヨコハマトリエンナーレ2011 特別連携プログラム BankART Life III で行われた伊藤俊治氏とのトー クショー、各MP1メンバーと飯沢耕太郎氏・後藤繁雄氏・粟田大輔氏・ 天野太郎氏との対談を全て英訳付きで収録した内容となっている。機会があればぜひ手にとってみて、新しい表現を生み出す5人の思惟に触れてみて欲しい。

 

MP1 / 拡張される網膜 Expanded Retina

日程:2012年1月21日(土)-2月5日(日)※月曜日定休
時間:12:00-20:00
会場:G/P gallery 東京都渋谷区恵比寿1-18-4 NADiff A/P/A/R/T 2F
tel.03-5422-9331

MP1によるアーティストトーク
開催日:2012年1月21日(土)
会場:G/P gallery
モデレーター:佐々木アラタ(HITSPAPER)

MP1 artist’s book「Expanded Retina | 拡張される網膜」

エディトリアルディレクション:星野太
エディター:番場文章(BAMBA BOOKS)
翻訳:下谷悦子 高久聡明 針生雅子 青木シモーヌ 星野太
デザイン:宇平剛史
発行:BAMBA BOOKS  
価格・版型:1,575 円(税込) A4/64 ページ 限定500部

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