
例えばディーター・ラムスが探求したミニマム・デザインは、無駄を削ぎ落とし本質を極める理路整然としたデザイン上の解釈だ。ユーティリティを考察する上でなくてはならないデザイン思想であり、兎角、現代の情報過多の私達には、原点回帰としても欠かせない大切な概念でもある。
弁証法的、または二分法的な解の求め方は、時として視野狭窄となり大きな誤謬を生む可能性を持つし、二項対立による項の分割は、各々へ特権的または批判的なベクトルを向けがちとなってしまうが、こうした論争によって照射される二項の狭間とその周縁の陰翳には新たな脈動が湧出する可能性もある。MIYA KONDOの作品「Objects of Empathy」を眺めて、単純な比較は難しいがミニマム・デザインとエモーショナル・デザインについて考えてみたいと憶う。


そもそもこの「Objects of Empathy」をエモーショナル・デザインと括って呼称するのは多少抵抗がある。 直線を多用せず、曲線そして楕円などから構成されているが、曲線、楕円が機能的な役割を果たしいる。ユーティリティのプライオリティは高い。 しかし、機能しながらも丸みから帯びた暖かさなのか誘引される湧き出るえも言われぬ情動が存在する。
ここで、MIYAのデザインの標榜であり、本質を表現している思想家ジャン・ボードリヤールの素晴らしい言葉があるので紹介したい。彼女の作品をエモーショナルと呼称する意味が少しは理解して戴けるのではないか。
“Functioning is not merely the function of things, but also their mystery.” – Jean Baudrillard (機能するということは、単にモノの機能だけでなく、ミステリーも含包する)
MIYAのデザインの哲学であるジャン・ボードリヤール言葉は、機能とミステリの関係性を端的に顕している。ミステリを解き明かす事は、人間の存在や幾多の生命の本質といった膨大な真相を探求する作業であり、有史何千年と試行錯誤してきた人間の探究心によって産まれた賜物だ。
人間の心身や生態系の多くの謎(ミステリ)は、未だ未解決な(素晴らしき)難問が数多用意されている。 その謎を探求し回答する事でデザイン・イノベーションが起るのであれば、ミニマム・デザインとエモーショナル・デザインは必ずしも対項するデザイン概念ではなく、向かうべき一つの大きなベクトル上の寧ろメタ的な内包する関係性にあるのかもしれないと憶わせるのだ。 (text: arata sasaki)
Source: miyakondo.com/









































