
text by arata sasaki
先月3週間程、京都、大阪、奈良、山口と西日本を中心に長期滞在をしていました。
今回のレポートは、その旅で起った出来事や参加したイベントや日常生活から思考した雑記です。
第一回目は、京都の Social Kitchen という場所で新しいメディアを考察するというテーマのイベント『THNIK NEW MEDIUM』にゲストとして参加した事から得た学びをまとめました。
僕の他には、このイベント発起人であるoveqの、そして、Refsignの佐野亘さん。
(因に、既に2人の既にレポートが上がっています。遅筆で申し訳ありません。)
松倉昴くんのまとめ http://log.subarumatsukura.com/?p=178
佐野亘さんのまとめ http://blog.refsign.net/blog/5300.html
松倉昴くんは、HITSPAPERを立ち上げて最初にメールをもらった非常に貴重な人。
その熱いメールには、人を動かす力を秘めていたし、実際、彼は現在そのような人間になりつつあります。
佐野亘さんは初めて会う方ですが、ウェブマガジン Refsign を京都で運営していて、
そのコンセプトであるデジタルとリアルを往来する事で、人間同士の繋がりが産まれ、コミニティを作るという非常に魅力的な活動をしている人です。
このイベントは約2時間弱行われ、来場して下さった方々と非常に有意義な時間を共有出来ました。

THINK NEW MEDIUM会場風景
メディアを宇宙や生命の営みから考える
僕の中でメディアを考えるという事は、人体や宇宙や生命の営みを考える延長線上の一つです。
マーシャル・マクルーハンは、"メディアは人間の身体の拡張である"と提唱しましたが、
現在、僕自身がメディアの仕事に携わっていなくとも、
少し俯瞰すればどのような仕事でも身体の拡張性と身体内のアナロジーが存在していると述べたでしょう。
この広大な宇宙や銀河、地球には異なる事象が数多存在しますが、位相も数多存在しています。
僕らが空気を吸い、食物を摂取し、体内で分解し、栄養素を吸収し、老廃物を排泄する仕組みは社会の中でも充分にメタファーとして提示する事が可能です。
ですから、メディアを考えるという事は、デザインを考える事であり、アートを考える事であり、学問を考える事であり、食を考える事であり、政治を考える事であり、生活を考えることと非常に近しい事だと思います。
それらが、人体の部位であるならば、神経や血管が脈々とそれぞれの部位を繋ぎ一つの生命体を紡ぎ出します。
今回、お話をした佐野さんが運営する Refsign と HITSPAPER の役割は多少異なるけれど同じベクトルの上に立っているのだと思っています。
東京、京都という場、構成も環境、条件も異なるけれど、まさに同じ体の中で文化を根源的に形成しようと試みているから。
そして、この二項を往来し編集した松倉昴くんも媒介であるので、広義的には彼自身もメディアという事になります。
メディアに限らず、僕らの可能性を無限に拡げる人体や宇宙といった神秘のアナロジーから僕らは更に学ばなければならないかもしれません。
二項対立、多元論から何を学ぶのか
ウェブが普及して数年前から数多の領域が溶け合って来ました。
この溶解は、僕らが企画・運営しているエディケーションイベント『NIT tokyo』、『NIT west』の当面のテーマでもあります。
産業、場、地域、民族、国籍、年齢 あらゆる事柄が溶け合おうとしています。
これは世界的トレンドであり、これを止める事は不可能です。
僕は、二項が異なれば成る程、それらを往来する時に溶けて混じり剥がれるもの、そして残るものが露になると考えています。
ヘーゲルも弁証法的発想で、テーゼ、アンチテーゼ、そして、そこからジンテーゼが産まれると提唱しました。
何を残したいか、要らないものは何か。
異なる領域をフットワーク軽く越境して、剥がれ落ちるを待つ。
もし、剥がれ落ちないで、残っているものがあれば研磨して、深く探求してみる。
まだ、溶け合っていない産業は多いですが、遅かれ早かれ溶け合って、今後は研磨するというステップが多くなるのではないでしょうか。
そして、複数の領域が溶け合う事は素晴らしい事だけれど、実は、これはプロセスに過ぎないと思っています。
溶け合った場は、"何か"を産み出す場として、新しきジンテーゼを誕生させなければいけません。
僕らメディアは、現在 "場創り" というものを意識していますが、ウェブやリアルスペースでも同様に、
その場から、一つないし複数の回答を提示し、プロジェクト、サービス、プロダクトとして形にしていくことが必要になるのではないでしょうか。
メディアと共成長する
僕の人生のテーマに"教育"というものがあります。
事実、大学時代は、教育学部に在籍して心理学を専攻していたし、人の成長の過程を見る事がなにより楽しみです。
この思考は、メディア的思考やイベントオーガナイズの際も、全く変わらないことだと思っています。
HITSPAPERの記事のセレクションは、ある一定の閾値はあるけれど、幅広く扱おうと思っています。
フラットに扱っているけれど、より深度・強度が深く強くなるようにボトムアップを幾つか仕掛けています。(もっとシームレスに出来れば最高なんですが!)
この方法は、長期のスキームで成立するものですが、ブレが起きないように人間という普遍的テーマを根幹に置いています。
迷ったらいつもここに回帰する為に。
"知る"ということは"知らない"ことを増やすこと
松倉昴くんがイベント内で、"知らない"という事に注視していると言った時、正直、身震いしました。
こんな同時期に同じような事を考えている人間に出会うのは、本当に珍しい事です。
以前、僕のtwitterでヨースタイン・ゴルデルの言葉を紹介しました。
こんなような言葉です。
『「なぜ?」というのはとても根源的な人間の言葉です。人間として生きるうえで重要なことは、つねに物事を理解しようとすることと、その理由を追い求めることです。
「なぜ?」は、宗教、哲学、そして科学のすべての基盤となるものです。』
"知らない"と"知る"は、相反するものだけれど、鏡合わせのように背と背を合わせていて、"なぜ?" が 繋ぎ合わせると思います。
googleでワード検索して膨大な"知らない"が、(まるで宇宙の拡大のように)日夜増加しているように、僕らの周辺には"なぜ?"の対象が数多転がっています。
一度、"知る"という行為を経ても、本質的(体系的)な"知る"ということには程遠いし、植物の枝葉のように"知らない"が拡張していきます。
もし、何かを"知った"と感じ、その先に"知らない"が存在しないのであれば、"なぜ?" が働いていない状態です。
"知る" "知らない"には 人間にとって大切な根源 "なぜ?" という言葉が本質的に眠っているのはないでしょうか。。
ジャーナリズムを育てる
僕らの世代(20~30歳前半)には圧倒的にジャーナリズムが足りないと思っています。
コミニティが溶け合ってフラットになってしまった為、対象が少なくなってしまっている感も否めませんが、教育にも大きな責任があると思います。
人を傷つけない事は素晴らしい事ですが、正しい評論は、人や企業、産業を成長させるものです。
これは受け手にとっても、懐の広さが必要になるし、評論する側にもセンスが必要な事です。
素直に評論を受け取り、咀嚼出来る人間・組織は成長するから、恐れず行うべきだと思うのですが。
デザイン思考のパラダイムシフト
311は本当に多くの思考をも揺らしました。
無力感は時として、原点回帰を促します。
この流れは、デザイン業界も例外ではありません。(アート業界も例外ではありませんが、今回は割愛します)
何故、デザインが必要なのであろうか。
シンプルな質問は時として多くの実りをもたらします。
僕は今後、少なくとも日本で新しいデザインは、インタフェース側から産まれる事は少なくなるだろうと考えています。
これは、上辺だけのデザインの終焉を指しています。
例えば、このように言い還る事も出来るかもしれません。
"デザインプロセスは、より人生形成のプロセスへ近づいて来ている"
思考から行動、行動から習慣、習慣から人格、人格から人生へと導かれるように、
デザインも思考の積み重ねが、強いブランドを形成します。
強い企業・ブランドと認識されるのは、根底に眠っている理念から醸し出される目に見えない空気感を感じる時です。
僕らが目にするインタフェースは、思考とその実践の結果であり、本当に注目し喜ぶべきはこの目に見えない思考法に触れる時だと思います。
トリムタブを集め大きな舵を切る
僕の大好きな学者・哲学者・デザイナーにバックミンスター・フラーという人間がいます。
311の震災の際に引き起こされた物質の存在価値や建築の在り方は、僕には大きな問題提議となって、彼と共に共同研究に従事していた梶川泰司さんにchatで質問を投げかけたくらいです。
そんな僕に多大な影響を与えたバックミンスター・フラーは、いくつも素晴らしい思想・概念を提唱していますが、それらの中で最近特に意識をしている思想があります。
それは、船舶工学の、『トリムタブ』のアナロジーです。
トリムタブは、船舶の小さな舵のことで、全体の方向を決定する大きな舵に、水の抵抗をコントロールする為付いています。
つまり、トリムタブによって、より少ない動力で大きな舵を動かしてしまう訳ですが、
これを僕らの活動に当て嵌めて考えてみると。
今、世界中の人間がウェブ、特にソーシャル・メディアによって自身を発信する場であり力=メディアを得ています。
そして、エジプト革命、ジャスミン革命を紐解くと、この小さなトリムタブは、本当に大きな舵を切ってしまう位、強力に成りつつあります。
その為、トリムタブが集結するメディアは慎重に舵取りをしなければならないし、正確な情報は勿論、哲学・思想を伝えていかなければいけないと思っています。
国単位では難しい事ですが、小さなメディアに於いては可能な事かもしれません。
長文になってしまいましたが、こんなお話を2時間程でぎゅぎゅっと詰め込んだセッションになりました。
こうした機会に巡り会えた事に感謝します。
企画を考えてくれた松倉くん、京都を色々教えてくれた佐野亘さん、そして、来場して下さった皆さん、ありがとうございました!
次回は、都市と地方の連関性・役割 (山口YCAM、京都HOTEL ANTEROOMなど)、旅とクリエイティビティについて。














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