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Brilliant City

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2004 年に開催された上海映画祭「ブリティッシュ・フィルム・ウィーク」の為に上海を訪れたイギリスのアーティスト集団、D-Fuse。彼らが時差ぼけの頭を抱 えながら空港から向かった滞在先は「Brilliant City」と呼ばれる超高層住宅の34階の部屋だった。上海の街を一望できるその場所に感銘を受けた彼らは、同名のショートフィルムを制作。滞在中、彼ら が上海の街で見たもの、感じたもの、そして数年後に再び訪問した時の印象はどのようなものだったのだろうか。D-Fuseのメンバーである Matthias Kispert氏が当時を振り返りながら語ってくれた。


Matthias Kispert: Brilliant Cityの一室に着いてバルコニーに出てみると、息も出来ない程の素晴らしいパノラマが広がっていた。僕達は上海滞在中に映像作品を1本作るつもりで色々 案を練っていたが、この景色を見た時に全部が中止になり、結局自分達の滞在場所をテーマにした作品を作ることになった。乱立する超高層住宅のひとつから見 えたのは、屋上庭園の手入れをする人や、体操する子供達、訓練する軍人、建設現場…。そして、これらの行為の全てが比較的小さな空間で行われていたこ とが、すごく魅力的に見えた。


brilliantcity2.jpg「Brilliant City」より。(c) D-Fuse



Matthias Kispert: 上 海は僕にとって初めて訪れるアジアの街だったので、何もかもが新しく、その勢いに押し潰されそうになるほどだった。最初の衝撃は大気汚染。僕達が滞在して いた時期はおそらく上海のビル建設ブームのピークで、空気は埃にまみれていた。路上では、車とオートバイと自転車と歩行者が十分な距離を保たないまま常に 入り乱れていて、クラクションも頻繁に鳴っていた。しかし、不思議なことに誰も怪我もせず、全てが上手く回っているようだった。僕が気に入ったのは、食事 の仕方だ。食事の席では、テーブルに乗り切らないほどの料理を並べて、それを皆でつつき合う。アジアならではの習慣なんだろうが、ヨーロッパの食べ方より もその方がずっと共同社会の中にいることを実感させられた。道端では、麻雀をやっている人もいれば、体操をしている人もいて、そこが社交の場になってい た。そして、それら全てが上海という街に活気を与えているように思えた。しかし一方で、夜になると、少しでも目立たせようとして設計された奇妙な形のビル の群れが一斉にライトアップされて、どこかダークで見る者を威嚇するような印象を与えていた。


brilliantcity3.jpg「Brilliant City」より。(c) D-Fuse



Matthias Kispert: 「Brilliant City」を制作していた時、莫干山路(モーガンシャンルー)のBizArt Galleryという場所にスタジオを借りていた。そのギャラリーが入っている建物は4階建てぐらいだったにも関わらず、エレベーターの中にエレベーター ガールがいて、一日中乗客を運んでいた。彼女は一言も英語を話せないのに、毎回温かく接してくれたので、僕達は身振り手振りでなんとか会話をするように なった。共通の言語を持たなくても、人はコミュニケーションを取ることができる。僕が言葉の分からない土地に行くのが好きなのは、そういう理由からだ。今 では僕にとって彼女はあの建物の思い出の一部で、彼女なくしてはあの建物も魅力が薄れてしまう気さえする。



Matthias Kispert: 最 初の滞在で好奇心を刺激された僕らは、翌年、「Undercurrent」というより大きなプロジェクトを始めるために再び上海を訪れることにした。 「Brilliant City」は遠くから街を見る作品だったが、この時は現地のアーティスト達を巻き込みながら本来の目線で街を探検したいと思っていた。最終的に、僕達は上 海だけでなく、広州、重慶も訪れて、沢山のアーティスト達と出会い、一緒に作品に取り組むことができた。僕達は後にその時のアーティスト達をイギリスへ招 待し、同じようなプロジェクトをイギリスで制作した。2007年にはインスタレーションの展示で再度上海を訪れた。その時は、最初に訪れた時と比べると交 通ルールも随分改善され、上海を特別なものにしていた現地の人たちの姿は消えてしまっていた。小さな商店はショッピングモールやチェーン店に変わり、住宅 街の小道があった場所には新しいビルが立ち、グローバライゼーションの波が迫り来るのを肌で感じた。莫干山路はその顕著な例で、2004年は小さなギャラ リーとアーティストの集まるチャーミングな村のようだったのに、たった1年後の2005年にはM50となってガイドブックを手にした人たちがアートのトレ ンドを求めて大挙して訪れる場所に変わってしまっていた。上海は様々な文化からやって来た人々が集まる、人種のるつぼだ。高給取りのビジネスマン達の欲求 を満たすような必要以上に料金の高いバーやレストランやが増える中で、僕は里弄(リーロン)と呼ばれる古い住宅が並ぶ路地や、家族経営の小さな食堂や、 人々が踊ったりカードで遊んだりする小道がいつまでもこの街に残り続けることを願っている。




D-Fuse「Brilliant City」




D-Fuse

創 始者のマイケル・フォークナーを中心とした、イギリス・ロンドンを拠点とするアーティスト集団。ライブ・オーディオ・ビジュアル・パフォーマンス、モバイ ル・メディア、ウェブ,プリント、映像など、幅広いジャンルのクリエイティブ・メディアを手掛けている。最近では、インドネシアのジャカルタにあるジャカ ルタ歴史博物館の壁面を利用し、現地クリエイターとのコラボレーションによるビデオ・マッピンッグ・パフォーマンスを行い、注目を集めた。
www.dfuse.com/



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